松下幸之助「道は明日に」を読む.

絶版本.約30年ぶりに読む.前回読んだのは小学校高学年か中学生のころ.当時印象に残った箇所を引用する.著作権が気になるが,絶版本なのでよかろう(ダメだったら削除します.):

 門真村進出のさいは、うまく日本の地形を取り上げ、鬼門を心配するみんなの気持をほぐしたものですよ。

 そのようなことも経営者として大事なことですね。お釈迦さんでも、人を見て法を説け、というてます。政治でも一緒だと思います。物価が上がるときに、

「上がる、上がる」

というたらあきません。インフレ傾向のときなら、

「インフレにはならん」といわなけりゃいけない。それを、

「インフレになったら困る困る」

といってると必ずインフレになりますよ。総理大臣が一番にそれを打ち消さないといかん。

「みなさん、やがて値下がりしますよ。心配しなさんな」

といっておれば、あまり上がりませんわ。それなのに、政府が一番先になって「上がったらいかん」とかヤイヤイいうからね。世間の目から見ると、「上がるぞ。いまが買うときや」というようなもんです。なんでもないことですよ。いまは政治の不手際で、必要以上に物価を上げている不幸な時代ですな。

 政治には、物理的な考えと、心理的な考えの双方を、作用させないといけませんよ。しかし、いまは物理的な考えで、政治をやっている。心理的な考えは生かしてませんな。だから逆作用になる。

 人間というのは欲の深いもんですからな。その欲を満たしてやったらいい。そうするとみんなが働く。竹林の七賢人みたいな人ばかりやったら世の中は困りますよ。凡人が多いから政治ができるんですよ。それをね、みんなが聖人君子のようなことをいって政治をしようとしてるでしょう。大変な間違いです。

 人間は欲が深いから、政治はその欲を活用しないといかんのですよ。たとえばですな、

「あなたはよく仕事をしてくれた。そんなにやってくれたから勲章をあげましょう」

 そうすると勲章をもらった人は喜んで、さらにがんばる。そのようにもっていくのが政治ですわな。そうすると「いいことをしたら勲章がもらえる。あんまり欲を出したら、あかんなあ」という具合で、欲までも、ある程度コントロールできるようになるわけです。それが、つまり"政治学"と"生きた政治"の違うところです。"政治学"ではそいういう大事なことは教えていない。"政治学"は勉強できても"生きた政治"は、教えてもらっても体得はなかなかできません。"経営学"と"経営"も、同じようなことがいえると思います。

[松下幸之助,「道は明日に――人生・経営・思想」,毎日新聞社・構成,毎日新聞社発行,昭和49年.](92-93頁)

もともと覚えていたのは,「「みなさん、やがて値下がりしますよ。心配しなさんな」といっておれば、あまり上がりませんわ。」のくだりだけなのだが、改めて読み返してみるとその前後も重要だと思われたので,長めに引用した.

本書は私が生まれる前の著作であり,前述のとおり絶版本である.約30年前,地元の図書館の開架コーナーにあったのを借りて読んだのを覚えている.昨日思い立って,同じ図書館に貸出を依頼したところ、閉架コーナーから持ってきてくれた.

いまでも箴言集(?)の「道をひらく」のほうはコンビニエンスストアの雑誌コーナーに並べられているのに,本書のほうは絶版のまま出回っていない.自叙伝の体裁をとる本書のほうが物語として読み易いと思うのだが,再版されることはないのだろうなあ.

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